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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)1869号 判決

原告 高須賀孝子

原告 高須賀肇

右法定代理人親権者母 高須賀孝子

右両名訴訟代理人弁護士 大江洋一

同 江島晴夫

被告 日本生命保険相互会社

右訴訟代理人弁護士 三宅一夫

他五名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、申立

(一)原告らの求める裁判

被告は、原告高須賀孝子に対し金五〇〇万円、原告高須賀肇に対し金一〇〇万円、および、右各金員に対する昭和四五年七月二五日以降完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言。

(二)被告の求める裁判

主文同旨の判決。

第二、主張

(一)原告らの請求原因

一、原告孝子の夫であり、原告肇の父であった亡高須賀昇(以下、単に昇という)は、昭和四二年四月一日被告会社との間において、保険期間中に死亡したときに支払われるべき死亡保険金額を六〇〇万円、保険金受取人を原告孝子(五〇〇万円)および原告肇(一〇〇万円)、被保険者を昇とする生命保険契約を締結した。

二、しかるところ、被保険者である昇は昭和四二年一〇月一〇日死亡した。

三、よって、保険金受取人である原告らは、右保険金およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年七月二五日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。

(二)被告の答弁および抗弁

一、原告主張の請求原因事実は認める。

二、しかしながら、被告会社の普通保険約款においては、契約締結後二年以内に被保険者が自殺したときは死亡保険金を支払わない旨の定めが存在するところ、本件契約における被保険者である昇は、契約締結後二年以内である昭和四二年一〇月一〇日にみずから縊れて自殺したものであるから、被告会社には本件保険金の支払義務はない。

(三)抗弁に対する原告の主張

昇が昭和四二年一〇月一〇日みずから縊死したことは争わないが、右縊死は、被告会社の普通保険約款、商法六八〇条にいうところの「自殺」にはあたらない。すなわち、被保険者がみずから自己の生命を断った場合においても、その死亡の結果が精神病その他の精神障害中の動作に起因するものであって、生命の断絶を目的とする故意の行為によるものでないときは、これをもって右にいわゆる「自殺」に包含すべきではないと解すべきところ、昇は、昭和四〇年九月二三日広島市内において自動車を運転中、交差点において他車に追突されて頭部外傷を受けたことがあり、一時は治癒したかにみえていたが、昭和四二年五月ごろからその後遺症のため頭痛、めまいなどの症状を呈するようになり、それが次第に悪化して夜間に暴れたり、不可解な言動を繰り返したり、さらには記憶喪失すら生ずるようになったところ、同年一〇月一〇日突然みずから縊死するにいたったものである。したがって、昇の右縊死は、交通事故に起因する精神的肉体的苦痛ないし精神障害によるものというべく、右にいわゆる「自殺」にはあたらないというべきである。

(四)被告の反論

昇の縊死は、原告らの主張するように精神障害中の動作に起因するものではない。同人は当時、広島ダイハツ販売株式会社の部品部の課長の地位にあったものであって、事理を弁別する能力を十分に具えていたものである。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因事実については当事者間に争いのないところ、〈証拠〉によれば、本件生命保険(利益配当付特殊養老生命保険。「暮しの保険」)についての普通保険約款第一一条に被告主張のごとき定めがあることが明らかであり、かつ、昇が契約締結後二年以内である昭和四二年一〇月一〇日にみずから縊死したものであることは原告においてもこれを認めて争わないところである。

二、しかるところ原告は、昇の右縊死は精神障害によるものであるから、右約款ならびに商法六八〇条にいうところの「自殺」にはあたらないと主張するので、以下この点について考えるに、右約款ならびに商法六八〇条にいわゆる「自殺」とは被保険者が自由な意思決定によって故意に自己の生命を断ち死亡の結果を生ぜしめる行為を指称するものであって、精神病その他の精神障害中の動作によって自己の生命を断ったような場合は右の「自殺」にはあたらないと解するのを相当とするところ、いまこれを本件についてみるに、〈証拠〉を総合すると、次のような事実を認めることができる。

(一)昇はかねてより広島ダイハツ販売株式会社に勤務し、その死亡当時は部品課長の地位にあったものであるが、昭和四〇年九月下旬ごろ、同会社に勤務する訴外中村晃の運転する自動車に同乗中のところ、広島市内の交差点においてクレーン車に追突されたようなことがあった。

(二)その後昇は、昭和四二年五、六月から頸部、背部に疼痛を覚えるようになり、同年七月一〇日広島記念病院において診察を受け、治療を受けるようになったが、ほぼそのころから昇の言動にやや奇異な点がみられるようになり、薬品を調合して火をつけようとしたり、理髪用のスプレーを噴射してこれに火をつけようとしたり、また、家族の者に物を投げつけたり、乱暴を働いたりするようになった。

(三)そのような状況にあったところ、突然同四二年一〇月一〇日午前五時ごろ、自宅二階の間の鴨居に電線コードをかけ、夜着のままこれに首を吊って死亡するにいたったが、遺書その他覚悟の上の自殺であることを窺わせるようなものは見当たらなかった。

以上のような事実が認められるのであって、右認定の事実からすると、一見、前記追突事故が昇の本件縊死となんらかの係わりがあるのではないかとの疑いが生ずるようであるけれども、一方、前記各証拠ならびに証人松田治の証言によると、次のような事実を認めることもできるのである。

(一)、右追突事故に遭った当時、昇は特に目立った傷害を受けることもなく、近所の開業医の診察を受けた程度でその後一年半もの間これといった異常もなしに生活を続け、また、同乗中の中村晃(運転者)にいたっては、右追突事故によってはなんらの被害も受けず、医師の診察も全く受けないまま現在まで異常なく過ごしてきている。

(二)、昇が精神科の医師の診察を受けたような事実は全くなく、医師から精神病もしくは精神異常の診断を受けたようなこともない。

(三)、昇はかねてよりかなりの酒好きで、前記認定のごとき言動もその多くは酒に酔ったうえでのことと窺われる。

(四)、ところで昇は、かねてより十二指腸潰瘍を患っていたが、同人自らはこれを胃癌ではないかと心配し、昭和四二年七月一〇日広島記念病院において診察、検査を受けた際にも、担当医師から心配ない旨の説明を受けたような一幕もあったところ、その後同年九月二五日まで通院治療を続けながら、未だ治癒しないままの状態でそれ以後通院しなくなってしまった。

(五)、また昇は、昭和二〇年八月広島市に原爆が投下された際その爆心地から約三・四キロメートルの地点で被爆した原爆被爆者であって、定期的に原爆症の検査なども受けていたものであるが、本件縊死直後取材にきた新聞記者らに対して原告孝子がそのようなことを話したことから、同月一二日付の「中国新聞」紙上に、警察では昇が原爆症になるのではないかと悲観して自殺したものとみている旨の記事が掲載されるようになった。

(六)、さらに昇は、前記広島ダイハツ販売株式会社においてかって営業の第一線にある販売課長の地位にあったが、どのような理由からか、本件縊死の前ごろ部品課長の地位に配置換えされるにいたったため、これに不満をもって辞職願を提出しようとしたり、また、そのころから、帰宅後妻に疲労を訴えたりするようになった。

右のような事実が認められるのであって、これらの事実関係を総合して考えるならば、昇の本件縊死が精神病その他の精神障害中の動作によるものであるとみることは無理であって、むしろ、右(四)ないし(六)に認定のような事情が重なり、それが動機となって自ら縊死したものとみる方が自然であり、したがって、右縊死は被保険者である昇がその自由な意思決定によって故意に自己の生命を断ち死亡の結果を生ぜしめたものであると認定するのが相当である。すると、昇の本件死亡は、前記約款第一一条にいうところの「契約日から二年以内に被保険者が自殺したとき」に該当し、右約款により被告会社は保険金受取人である原告らに対し、本件死亡保険金の支払義務を負わないといわなければならない。

三、以上の次第で、原告らの本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道)

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